「親が難聴だと、子どもにも遺伝しますか?」
「家族に難聴の人はいません。それでも遺伝性の可能性はありますか?」
診察室では、このような質問をいただくことがあります。
難聴には、加齢、騒音、感染、薬剤、耳の病気など、さまざまな原因があります。難聴があるからといって、すべてが遺伝性というわけではありません。
一方、生まれつきの難聴や、若い時期から徐々に進む難聴の中には、遺伝子が関係しているものがあります。遺伝子検査(医療では「遺伝学的検査」と呼びます)は、原因を考えるための大切な情報になります。ただし、検査をすれば将来のすべてが分かるわけではありません。
今回は、遺伝性難聴と遺伝子検査について、検査で分かることと限界の両方を説明します。
難聴のすべてが遺伝するわけではありません
難聴は、音が伝わる外耳・中耳の問題や、音を感じる内耳・聴神経の問題などによって起こります。
主な原因には次のようなものがあります。
- 耳垢や中耳炎、鼓膜の異常
- 加齢に伴う変化
- 大きな音への曝露
- 感染症や薬剤の影響
- 突発性難聴などの急性疾患
- 遺伝的要因
遺伝性難聴とは、難聴の発症や進行に遺伝子の病的な変化が関係するものです。先天性難聴の半数以上には遺伝的要因が関係すると報告されています。ただし、遺伝性難聴は生まれつきのものだけではありません。成長後や成人期に発症し、徐々に進行するタイプもあります。[1]
家族に難聴の人がいなくても、遺伝性の場合があります
「遺伝性」と聞くと、親から子へ同じ症状が続いている家系を想像するかもしれません。しかし、遺伝の仕方には複数の形式があります。
例えば、両親に難聴がなくても、それぞれが同じ遺伝子の病的バリアントを一つずつ持つ「保因者」である場合があります。お子さんが両方を受け継ぐと、難聴を発症します。
また、同じ遺伝子が関係していても、発症する年齢や難聴の程度、進行の速さが家族の中で異なることがあります。親から受け継いだものではなく、新たに生じた遺伝子の変化が関係する場合もあります。
このため、家族歴がないことだけで遺伝性難聴を否定することはできません。難病情報センターも、若年発症型両側性感音難聴では、家族に難聴の方がいない場合があると説明しています。[5]
子どもに伝わる確率は、遺伝形式によって異なります
遺伝性難聴が親から子へ伝わる確率は、遺伝の形式によって異なります。代表的な目安は次のとおりです。[1,5]
- 常染色体顕性遺伝(優性遺伝):親のどちらかが病的バリアントを持つ場合、お子さんに受け継がれる確率は1/2です。
- 常染色体潜性遺伝(劣性遺伝):両親がともに保因者の場合、お子さんが難聴を発症する確率は1/4です。
- ミトコンドリア遺伝:母親から受け継がれるため、母方の血縁者が同じ変化を持つ可能性があります。
これはあくまで一般的な目安です。実際には、原因となる遺伝子や、ご本人・ご家族の状況によって考え方が変わります。「遺伝性難聴だから、子どもにも必ず遺伝する」ということではありません。
遺伝子検査で分かる可能性があること
難聴の原因
病的な遺伝子の変化が確認されれば、これまで「原因不明」とされていた難聴について、原因を推定できる場合があります。
ただし、検査結果だけで判断するわけではありません。聴力検査、発症年齢、経過、家族歴、画像検査などと合わせて診断します。[2,3]
今後の経過や注意すべき症状
原因となる遺伝子によっては、次のようなことを考える手がかりになります。
- 難聴が進行しやすいか
- どの音域から聞こえにくくなりやすいか
- めまいやほかの症状を伴う可能性があるか
これは「必ずその経過になる」という予言ではありません。同じ遺伝子の変化があっても、症状には個人差があります。
日常生活での注意点
原因によっては、検査結果が具体的な予防や生活上の注意につながることがあります。
- ミトコンドリア遺伝子の変化(m.1555A>G)
アミノグリコシド系と呼ばれる一部の抗菌薬で、難聴が起こりやすくなります。この変化があると分かっていれば、これらの薬を避けることで、薬による難聴を防げる場合があります。母方の血縁者も同じ変化を持つ可能性があります。 - SLC26A4遺伝子の変化
前庭水管拡大という内耳の形の変化を伴うことが多い遺伝子です。頭部の打撲などをきっかけに聴力が変動・悪化することがあるため、日常生活での注意点をお伝えできます。
補聴方法や治療方針を考える材料
遺伝学的な診断が、補聴器や人工内耳などの選択、経過観察の方法を検討する材料になることがあります。[1–3]
ただし、検査結果によってすぐに治療法が決まるとは限りません。現在の聴力、言葉の聞き取り、生活上の困りごとを含めて考えることが大切です。
ご家族への遺伝について考える材料
原因となる病的バリアントと遺伝形式が分かれば、次のようなことを検討できます。
- ご家族が同じ変化を持つ可能性
- 次の世代へ伝わる可能性
家族への影響を考える際には、遺伝カウンセリングを通して個別に説明を受けることが重要です。なお、症状のないご家族の検査は、保険診療の対象外となる場合があります。
遺伝子検査でも分からないことがあります
検査が陰性でも、遺伝性を完全には否定できません
検査では、対象となる遺伝子や解析方法に限界があります。原因となる変化が現在の検査では見つからないことがあります。また、まだ難聴との関係が十分に分かっていない遺伝子が関係している場合もあります。
「原因となる変化が見つからなかった」という結果は、「遺伝的な要因が絶対にない」という意味ではありません。
将来の症状を正確に予測できるとは限りません
同じ病的バリアントを持っていても、発症年齢、難聴の程度、進行速度は異なることがあります。
遺伝学的検査は将来を考える材料になります。しかし、何歳でどの程度の難聴になるかを正確に言い当てる検査ではありません。
意味を判断できない変化が見つかることがあります
遺伝子の変化が見つかっても、それが難聴の原因かどうかを現時点では判断できない場合があります。これを「臨床的意義が不明なバリアント」と呼びます。
医学の進歩や新しい研究によって、結果の解釈が将来変わる可能性もあります。日本医学会のガイドラインも、遺伝情報にはこのような曖昧さが含まれることを示しています。[4]
どのようなときに検査を検討しますか?
例えば、次のような場合に遺伝性難聴の可能性を考えます。
- 生まれつき、または幼少期から両耳に感音難聴がある
- 若い時期から両耳の難聴が徐々に進んでいる
- 家族や血縁者に似た難聴がある
- 難聴に加えて、目、腎臓、甲状腺などの症状がある
- 難聴の原因を明らかにすることが、治療や経過観察に役立つ可能性がある
- 本人や家族が遺伝について詳しい説明を希望している
ただし、いきなり遺伝子検査を行うわけではありません。
まず耳の診察と聴力検査を行い、治療可能な耳の病気や、騒音、薬剤などほかの原因がないかを確認します。そのうえで、検査によって得られる情報と限界を説明し、本人または保護者の意思を確認して検討します。[2–4]
遺伝学的検査を受けるときの流れ
一般的には、次のような順序で進めます。
- 耳の診察と聴力検査
- 発症時期、経過、家族歴、既往歴の確認(必要に応じて画像検査など)
- 検査前の遺伝カウンセリング(検査の目的、分かること・分からないこと、ご家族への影響の説明)
- 本人または保護者の同意
- 採血による検査
- 結果の説明と、検査後の遺伝カウンセリング
- 結果に応じた経過観察や聴覚支援(補聴器・人工内耳など)の検討
先天性難聴や若年発症型両側性感音難聴では、条件を満たす場合に遺伝学的検査を保険診療で行えることがあります。[1,5] 保険診療で検査を行える医療機関や対象となる条件は限られているため、個別に確認が必要です。
検査を受けるかどうかも、相談して決めます
遺伝情報には、本人だけでなく血縁者とも一部が共有されるという特徴があります。[4] そのため、検査前には次のようなことも含めて考えます。
- 検査で何を知りたいのか
- 結果が出たら、どのように受け止めるか
- 結果をご家族へ伝えるか
検査を受けることだけが正解ではありません。十分な説明を聞いたうえで、受けないことや、時期を改めて考えることも選択肢です。
急に聞こえにくくなった場合は、遺伝子検査を待たないでください
遺伝性難聴の多くは徐々に進行しますが、急な聞こえの低下には突発性難聴など別の原因も考えられます。
- ある日突然、片耳または両耳が聞こえにくくなった
- 耳鳴りやめまいを伴う
- 数日間で急速に悪化した
このような場合は、遺伝について調べる前に、早めに耳鼻咽喉科を受診してください。
すでに遺伝性難聴と診断されている方でも、急に聞こえが悪化することがあります。その場合も、次回の定期受診を待たずに早めにご相談ください。[5]
患者さん向けFAQ
親が難聴なら、子どもにも必ず遺伝しますか?
必ず遺伝するわけではありません。親御さんの難聴の原因、遺伝形式、病的バリアントの有無によって異なります。年齢や聴力だけから一律の確率を出すことはできません。
家族に難聴の人がいなくても、検査を受ける意味はありますか?
あります。家族歴がなくても遺伝性難聴の場合があります。ただし、すべての難聴に検査が必要なわけではないため、聴力や経過を確認して判断します。
遺伝子検査が陰性なら、遺伝性ではありませんか?
そうとは限りません。現在の検査では確認できない変化や、まだ難聴との関係が分かっていない遺伝子が関与している可能性があります。
検査をすれば、難聴が治りますか?
検査そのものは治療ではありません。原因や経過を考え、補聴器、人工内耳、経過観察などの方針を検討するための情報になります。
市販の遺伝子検査でも分かりますか?
医療機関で行う遺伝学的検査とは、対象となる遺伝子、精度管理、結果の解釈、検査後の支援が異なります。難聴の診断や治療方針については、耳鼻咽喉科と遺伝医療の専門家へご相談ください。
まとめ
- 難聴のすべてが遺伝性というわけではありません。一方、家族に難聴の方がいなくても、遺伝的な要因が関係している場合があります。
- 遺伝子検査によって、原因や今後の経過、生活上の注意点、治療・聴覚支援を考える手がかりが得られることがあります。
- ただし、原因が見つからない場合や、将来を正確に予測できない場合もあります。
まず耳の状態と聴力を調べることが大切です。そのうえで、検査によって何を知りたいのかを整理し、遺伝カウンセリングを含めて検討しましょう。
当院でのご相談について
当院では、臨床遺伝専門医である院長が、難聴と遺伝についてのご相談に対応しています。
- はじめての方:「【初診】きこえ・めまいの専門外来」(時間枠予約制)をWebからご予約ください。
- 他院で受けた検査内容についてのご相談:通常診療とは異なる時間で対応しますので、事前にお電話でお問い合わせください。
- 検査の必要性や、当院で検査を行うか連携する医療機関へご紹介するかは、診察内容を踏まえて個別にご案内します。
参考文献
- 野口佳裕.遺伝性難聴入門.Audiology Japan. 2022;65(3):169–176. doi:10.4295/audiology.65.169
https://doi.org/10.4295/audiology.65.169 - 岡野高之.難聴の遺伝学的検査.日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報. 2022;125(12):1724–1728. doi:10.3950/jibiinkotokeibu.125.12_1724
https://doi.org/10.3950/jibiinkotokeibu.125.12_1724 - Li MM, Abou Tayoun A, DiStefano M, et al. Clinical evaluation and etiologic diagnosis of hearing loss: A clinical practice resource of the American College of Medical Genetics and Genomics (ACMG). Genet Med. 2022;24(7):1392–1406. doi:10.1016/j.gim.2022.03.018
https://doi.org/10.1016/j.gim.2022.03.018 - 日本医学会.医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン.2011年2月策定、2022年3月改定.
https://jams.med.or.jp/guideline/genetics-diagnosis_2022.pdf - 難病情報センター.若年発症型両側性感音難聴(指定難病304).情報更新:2025年12月(研究班名簿更新:2026年6月).
https://www.nanbyou.or.jp/entry/4627 (閲覧日:2026年10月19日)




